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名球会コラム しごとの風景 - 職業としての野球

最終回 ヒーローたちの共通点は、徹底した自己管理とそれを支えた精神力だった

足かけ3年にわたって、プロ野球名球会に参加する往年の名選手たち32人の現役時代のエピソードを紹介してきた。
いうまでもなく、プロ野球名球会とは、昭和生まれのプロ野球選手およびそのOBで、投手は200勝以上、打者は2000本安打以上という、まさに超一流の成績を残した者だけが参加を許される親睦団体で、現在は投手13人、打者25人の計38人で構成されている。
いずれも新陳代謝の激しいプロ野球の世界で20年近くも現役生活をつづけたスター選手、名選手であり、その凄味のあるプレイで数万人のスタンドを、また、テレビ中継を通じて全国の家庭を沸かせた希代のアスリートたちである。いまでいえば米マリナーズのイチロー、読売ジャイアンツの松井秀喜、西武ライオンズの松坂大輔といったクラスの人たちである。
その往年のスター選手たちから現役時代のお話を伺い、それを聞き書きというスタイルで紹介してきたが、今回はその総まとめとして名球会メンバーの共通項を簡単に述べておこうと思う。


プロ野球という世界の厳しさ


名球会のメンバーでも、入団したその年から一軍レギュラーに抜擢され、公式戦で大活躍したのは、堀内恒夫さんや谷沢健一さんなど、ほんの一握りの人たちに過ぎない。ほとんどの人は体力、スピード、技術などが一軍レベルに達していないという理由で、入団後2,3年は先行き不安な二軍生活を経験している。
この二軍生活あるいは二軍と一軍のいったりきたりの生活のなかで、名球会メンバーは、1人の例外もなく自らに厳しい練習を課し、愚直なまでにそれを実践している。この点について松原誠さんは、
「とにかく一軍に上がりたい。そして一試合でもいいから公式戦に出場したいというのが、二軍にいる選手の最大の夢ですよ。一軍に上がれずにそのままプロの世界から消えていく人も大勢いるんですから。じゃあ、どうしたら一軍に上がれるのかといったら、もうそれは人よりも練習するしかないんです。自分を鍛えて鍛えて鍛えぬくしかない」
と語っている。
朝食前、練習の合間、そして夕食後、時間さえあれば走り込みをして下半身を強化する。そして腹筋、背筋を中心としたウエイトトレーニングで強靭な肉体をつくり上げる。さらにピッチャーなら徹底した投げ込み、またバッターならひたすら素振りを行ってパワーとスピードを身につけていくのである。
独身寮で人の嫌がる電話番を自らかって出たというのが門田博光さんと藤田平さんだった。電話番なら先輩や同僚から夜遊びに誘われることはないし、電話のあるロビーで一人思う存分バットを振ることができるというのがその理由だった。また、球団の内規を破っていち早く退寮し、住まいも先輩たちが多く住む近鉄沿線を避けて、わざわざ阪急沿線のアパートを選んだのが鈴木啓示さんだった。
「負けるたびに酒を飲んで仲間同士でキズを舐めあっていたら自分がダメになる。だから寮から離れて独り暮らしをはじめたんです。案の定、先輩からは『生意気なやっちゃ』とさんざん嫌味をいわれましたが、そうした文句を言わさんためにも僕はチームで一番練習したし、勝ち星もあげた」
この鈴木さんの
「自分のトレーニングを邪魔するものはチームメイトといえども敵である」「最終的に頼れるのは自分自身しかいない」
という独立自尊の考え方は、強弱の差はあるものの名球会のメンバー全員に共通するものだった。


大成のカギは徹底した自己管理にあった


話を伺っていて驚いたのは、「練習嫌い」「遊び好き」で通っていた人たちが、実はマスコミや同僚に隠れて地道にトレーニングを積み重ねていたという事実だった。
練習嫌いで通っていた堀内恒夫さんは、どんなに遅く帰宅しても腹筋と背筋のトレーニングだけは欠かさずに行っていたし、また、柴田勲さんは
「夜遊びばかりとマスコミに非難されたが、毎晩、対戦したピッチャーのデータをノートに写しながら攻略法を分析し、それから一時間から二時間、自分が納得するまで素振りをやった」
と語っている。
では、なぜ彼らはその事実をマスコミに明らかにしなかったのか。その点について大島康徳さんは、
「結果が出なければプロとして失格なんです。どんなにトレーニングしても、どんなに鍛え上げても、試合で結果を出さなければすべて言い訳になる。プロはいかに努力したかではなく、どういう結果を出したかがすべて。それまでどんなにチームの勝利に貢献したとしても、一年結果が出なければ簡単にクビを切られる、それがプロの世界なんです」
と説明している。
村田兆治さんは朝のランニングと夜の腹筋500回を毎日の日課とし、これを引退する日まで一日も欠かさずに実行した。だが、それはプロのピッチャーとして当たり前のことだったという。
「練習を一日でも休んだら打たれる、ピッチャーとしての生命が終わると思っていた。だから僕は毎日走りつづけた」
と村田さんは語っている。
衣笠祥雄さんは
「素振り、ランニング、自分が決めた練習メニューを毎日つづけていくには大変な精神力がいるんです」
と述懐していた。
苦しい、もうやめようと思う心をねじ伏せ、一切の妥協を排して単調で辛い練習を10年、20年とやりつづけた人たち・・・・・実はそれが名球会のメンバーたちだったのである。


財団法人 産業雇用安定センター刊「かけはし」
2002年9月号より抜粋

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