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第31回 松原 誠 毎日の小さな積み重ねが大きな自信につながっていく

―大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)は昭和37年、超高校級キャッチャーとして呼び声の高かった埼玉・飯能高校の松原誠氏の獲得に成功した。


3年生の夏の大会が終わった後に、ホエールズのスカウトの方に川崎球場に連れていかれて、試合前にバッティング練習させてもらったんですよ。バッティングピッチャーの打ちやすい球をポンポンという感じで、次から次にスタンドに打ち込んだら、それを見ていた当時の三原修監督が「あの高校生、絶対に採れ」と。それでホエールズへの入団が本決まりになったんです。
春のキャンプで1軍メンバーに生き残って、オープン戦の第1戦、東映フライヤーズとの試合にキャッチャーとして出場させてもらった。もう高卒のキャッチャーとしては破格の扱いですよ。ピッチャーはエース格の権藤正利さん。打者の手前でキュッキュッと曲がってくる、もの凄いカーブを持った人だったんですが、そのカーブが捕れなかったんです。そのときはじめて権藤さんとバッテリーを組んだんですが、決め球のカーブが追いきれなくて全然捕球できない。それで1イニングにパスボール4回で1失点と、キャッチャーとして非常に恥ずかしい記録をつくっちゃったんですね。


―キャッチャー不適格の烙印を押された松原氏だったが、入団3年目、1塁手にコンバートされたことをきっかけに、その持ち前の長打力を開花させていく。


プロ選手としての基礎体力がなかったんですね。いまみたいにウエイトトレーニングを教えてくれる人もいなかったし、先輩たちもみんな風呂場のなかで水を握ったり、早朝にバットを振ったり、人目を避けるように隠れてトレーニングしていましたからね。他の人がどんな練習をしているのか、まったくわからなかった。
3年目にファーストにコンバートされたとき、ファーストのレギュラーだったのが近藤和彦さん。守備の名手で駿足。盗塁王にもなったことがあるし、バッティングも3割を打つ。この3拍子そろった先輩を追い越さないかぎり、自分はファーストのレギュラーポジションをとることができない。何か追い越せるものはないか、いろいろ考えて考えて、ある日やっと気がついたんです。1つある、それは自分の若さなんだ、ということですね。
では、その若さをどう形にしていくか。単純な考えなんですが、近藤さんよりも数をこなそう、2倍3倍トレーニングしようと、そう考えたんです。毎日200本、全力で素振りをしよう。そして近藤さんたち先輩が飲みに出かけたら、それにプラス10本、真剣に素振りをしようと。
元旦からバットを振りはじめて、毎日それをつづけたんです。で、近藤さんが試合後に飲みに出かけると「よし、今日は10本追いついた」って自分にいい聞かせる。実際に近藤さんと競っているわけじゃないし、差が縮まっているかどうかもわからない。確かなのは、その日プラス10本振ったという事実だけなんです。
1人でバットを振るというのは、これは結構、精神的に辛い作業なんです。結果はすぐには出てこないし、こんなことをやっても無駄だという弱音や不安が、打ち消しても打ち消しても顔を出してくる。その弱音や不安を無理矢理ねじ伏せて、プラス10本という小さな事実を積み重ねていったことが、結局、基礎体力のアップとバッティングに対する自信へとつながっていったんだと思うんですよ。


―1年間バットを振りつづけた松原氏は、入団4年目にしてファーストのレギュラーポジションを確保。以後、ホエールズの不動の4番打者として活躍をつづけていく。


最初は、1年間だけ頑張ってみようと思ってはじめた素振りなんですが、結局は、現役生活を終えるまで毎日毎日、バットだけは振りつづけましたね。4番を打っているという責任感、若手に追いかけられるという不安感もありましたが、何よりも野球というのはいい商売だと、できるかぎり長く現役をつづけたい、そういう気持ちが私にバットを振らせたんだと思います。
サラリーマンは仕事をちゃんと果たしても誰も褒めてくれない。ところが、われわれの仕事は、責任を果たせば3万人のお客さんがワーッと拍手して褒めてくれる。しかも難しい対人関係はない、結果を出せば給料も上がるという商売。しかし、精進しなければ弾き出されてしまうという厳しい世界でもあるわけです。そういう世界で20年間、現役をつづけられたということを考えると、つくづく私は幸せな男だったなと思いますね。


財団法人 産業雇用安定センター刊「かけはし」
2002年7月号より抜粋

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