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第30回 広瀬叔功 プレッシャーが楽しめなくなったら引退の潮時

―昭和29年暮れ、広島県立大竹高校のピッチャー・広瀬叔功氏は南海ホークス(現福岡ダイエーホークス)にテスト生として入団した。


中学の野球部は県下でも有数の強豪チームで、ショートを守っていた僕は「駿足・強肩の広瀬」って呼ばれて、結構有名な選手だったんですよ。で、甲子園に行くような高校からずいぶん勧誘を受けたんですが、僕自身は、将来的には学校の先生になるのが目標だったから、普通科のある県立の大竹高校に進んだんです。
この大竹高校というのは進学校だけあって、野球自体はめちゃめちゃ弱い学校だったんですね。そこへ僕が入学してきたのでもう連日の勧誘ですよ。最初は断っていたんですが、毎日毎日、放課後になると野球部の先輩が訪ねてくる。もういじめみたいなもので、結局、夏の大会の県予選がはじまる1週間前に野球部に入ったんです。
だけど野球というのは団体競技ですからね、僕1人が入ってもだめなんですよ。で、1年生のときは1回戦敗退、2年生のときも2回戦コールド負け、そして僕がピッチャーをやった3年生のときは1回戦敗退といったように、3年間で勝ったのは1試合だけというね、非常に立派な戦績を残したわけですよ。
ところが、3年生の夏の大会のあとに突然、南海から「うちに来ないか」という話が来たんですよ。1回戦敗退といっても強豪相手に10連続3振をとったり、僕自身はピッチャーとしてかなり頑張ったんですが、その力投ぶりが当時の南海の監督だった鶴岡一人さんに伝わって、テスト生として取ってみようかと、そういう話になったんだと思いますね。
当時、南海といったら花形球団で、担任の先生も「南海だったら行け。失敗したらまた大学に行きなおせばいい」といってくれて、それで腹を決めて大阪に出ていったんです。


―入団早々の30年の春のキャンプで、広瀬氏は肘を痛めて投球ができなくなるというアクシデントに見舞われる。


当時の南海のピッチャー陣は若手中心で、それがそろって20勝以上という凄い成績を残していたんですね。また同期で入ってきたピッチャーのなかにも大学野球のエースとか、甲子園で大活躍した人とか、とにかく凄い球を投げる連中がワーッといた。それで焦ったんですね。キャンプ早々から肩もつくらないでパァーッと投げたら、たちまち肘を痛めて球が投げられなくなった。
当時の南海は、1年に17、8人の新人が入ってきていたので、見込みのない選手はすぐに首になる。僕は球が投げられないから2軍で球拾いをやっていたんですが、このままでは確実に1年で首になると思っていたんですよ。ところが、2軍の練習を見ていると、守備は僕のほうがうまいし、走りも僕のほうが速い。もともとピッチャーだから肩も強いと。ああ外野手だったら能力は僕のほうが上だなって考えて、すぐに2軍の監督さんに「外野手に転向させてくれ」って頼んだんですよ。そうしたら言下に「いいよ」と。どうせ1年で首になる選手だから、まあ好きにやれや、ということだったんでしょうね。
で、バッティング練習に参加させてもらったら凄い打球が飛ぶ。守備もうまいし走塁も速い。こりゃ掘り出し物だというのですぐに2軍のレギュラーになって、翌31年のシーズンには内野手として開幕1軍のメンバーのなかに入ったんですよ。


―走攻守の3拍子を備えた広瀬氏は南海の不動の1番バッターに定着。その朗らかな性格と卓抜な盗塁技術でファンの心をとらえ、以後、スタープレイヤーとして20年余にわたる現役生活をつづけていく。


球場には何万人というお客さんが入っている。そのなかでプレイできるってことは、まさに選手冥利に尽きますし、また、それだけプレッシャーもかかるということですよ。僕なんかいつまでたっても、プレイボールの声がかかるまでは足が震えていましたからね。ただ、そのプレッシャーがないと、逆に集中力がわかない、いいプレイができないといった面はありましたね。
僕は盗塁王のタイトルを5回とったんですが、それは結果であって、自ら追い求めたものじゃないんです。たとえば10対0で勝っている試合では、いくらチャンスがあっても僕は絶対に盗塁しなかった。2塁に進めば、得点につながって勝てるかもしれないという緊迫した状況。相手チームのバッテリーがピリピリ緊張して、そしてチームメイト、南海のファンが「広瀬、走れ」って固唾を呑んで見守っているなかで、はじめて僕は盗塁に挑戦したんですよ。
そういう重圧のなかでやるからこそ集中力は高まるし、盗塁も成功する。そしてファンの心のなかに「広瀬」という存在が刻み込まれていくんですね。だから、僕はプレッシャーを楽しめなくなったら引退だと、そう思って現役生活をつづけていましたね。


財団法人 産業雇用安定センター刊「かけはし」
2002年6月号より抜粋

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