日本プロ野球名球会 > 会員紹介 > 投手 > 金田正一


デビューの年は8勝とふるわなかったが、翌年22勝をあげエース街道を突っ走った。投手のタイトルのほとんどを獲得しほとんどの記録を更新した。長身を利しての大上段からの速球と大きく縦に割れるカーブで三振の山を築く。0対1での完投負け21試合、点は取れない、守ればエラーの弱小国鉄にあって勝つためには一つでも多くの三振を取ることを心掛けた。13年目に大リーグの奪三振記録、W.ジョンソンの3,508を破る。デビューの長嶋を4打席連続三振に切って取ったのはあまりにも有名。少年時代のあだ名が「割りバシ」、石投げの名人で電線に止まっているツバメを落したこともあるという

| 1950 |
国鉄スワローズ入団 |
| 1965 |
読売巨人軍に移籍 |
| 1969 |
現役引退 |
| 1973〜1978 |
ロッテオリオンズ監督 |
| 1990〜1991 |
ロッテオリオンズ監督 |

生涯防御率2.34(5526−2/3投球回数)
944試合
400勝
298敗
365完投
82完封
4490奪三振
39無四死球
1808与四球
72与死球
4120被安打
379被本塁打
1706失点
14年連続20勝(1951〜1964)
1951年 22勝21敗
1952年 24勝25敗
1953年 23勝13敗
1954年 23勝23敗
1955年 29勝20敗
1956年 25勝20敗
1957年 28勝16敗
1958年 31勝14敗
1959年 21勝19敗
1960年 20勝22敗
1961年 20勝16敗
1962年 22勝17敗
1963年 30勝17敗
1964年 27勝12敗
200勝達成 1958.6.6

○最多勝3回(1957.1958.1963)
○最優秀防御率3回(1957.1958.1965)
○ベストナイン3回(1957.1958.1963)

○通算400勝
○通算298敗
○通算365完投
○奪三振王、10回(1951〜1953.1955.1956.1958〜1960.1963.1964)
○1シーズン300奪三振、5年連続5回(1955〜1959)
○1シーズン200奪三振、14年連続14回(1951〜1964)
○1シーズン100奪三振、16年連続17回(1950〜1965.1967)
○2ケタ奪三振試合、通算103回
○毎回奪三振、通算5回
○与四死球、通算1880個
○64−1/3イニングス連続無失点(1958.4/30対広島〜5/27対広島)
○1−0の完封勝利、23回
○0−1の完投敗北、21回
○開幕投手、14回
○開幕戦、通算8敗
○1シーズン20勝以上、14年連続14回(1951〜1964)
○1シーズン投球回数300イニングス以上、14年連続14回(1951〜1964)
○投手で通算8敬遠四球
○投手で通算36本塁打
○投手でサヨナラ本塁打2本(1955.5/26対中日,1959.5/30対大洋)

○1安打試合、9回
○1ヶ月10勝(1958.4月)
○1試合16奪三振(1967.6/7対大洋)
○1シーズン30勝以上、2回(1958.1963)
○1シーズン10勝以上、15年連続17回(1951〜1965.1967.1968)
○1シーズン34完投(1955)
○1シーズン207与四死球(1952)

○完全試合(1957.8/21対中日)
○無安打無得点試合、1回(1951.9/5対阪神)
○防御率ベストテン入り、16回(1951〜1965.1967)
○1シーズン350奪三振、1回(1955/歴代3人)
○42−1/3イニングス連続無失点(1965.9/12対広島〜10/8対中日)
○サヨナラ勝ち、56試合/サヨナラ負け、36試合

○日本シリーズ5回出場、12試合/3.00(1965〜1969)
・シリーズ最優秀投手賞、1回(1968)
○オールスター17回出場、28試合/2.35(1951〜1964.1967〜1969,投手では最多)
・通算28試合登板、64−2/3投球回数)被安打53、被本塁打6、与四死球25、奪三振84、失点22
○沢村賞、3回(1956〜1958)
○野球殿堂入り(1988)
