日本プロ野球名球会 > 会員紹介 > 投手 > 堀内恒夫


1965年に第1回ドラフトで巨人1位指名(高校野球界1の速球投手として)16年間の現役生活で11回の優勝に貢献。ONとともに巨人投手陣の屋台骨を支えてきた。デビューの年16勝2敗で沢村賞、防御率1位、最高勝率をあげたときのピッチングもすごかったが、私生活も新人とは思えぬ豪放さで罰金の常習犯だった。"悪太郎"の名は自然と広まった。しかし強運の持ち主で「シリーズはあいつしかいない」と信頼され、出れば完投勝利という具合。人柄が丸くなって球威が落ちてきて、200勝には時間がかかりすぎた。まるで台風一過のような野球人生であった。あの投げた勢いで帽子が斜めになったところが一番懐かしい。

| 1966 |
読売巨人軍入団 |
| 1983 |
現役引退 |
| 1984〜1985 |
読売巨人軍ピッチングコーチ |
| 1993〜1997 |
読売巨人軍ピッチングコーチ |
| 1998 |
読売巨人軍ヘッドコーチ |
| 2004〜2005 |
読売ジャイアンツ監督 |

生涯防御率 3.27
(3045投球回数)
560試合
203勝
139敗
178完投
37完封
7無四死球
1095与四球
66死球
1865奪三振
2725被安打
323被本塁打
1235失点
6セーブ
200勝達成 1980.6.2

○新人王(1966)
○MVP
○1回(1972)
○最多勝
○1回(1972)
○最優秀防御率
○1回(1966)
○ベストナイン
○2回(1972.1974)
○ゴールデングラブ賞
○7回(1972〜1978)

○新人で新人で44回連続無失点(1966.5/30〜6/22)
○新人で44回連続無失点(1966.5/30〜6/22)
○投手で3打席連続本塁打(1967.10/10)
○1試合3暴投(1971.4/11)

○最優秀勝率投手、3回(1966.1967.1972)
○シーズン勝率、0.889(1966/16勝2敗)
○1シーズン10無四死球試合、2回(1958.1962)

○ノーヒット・ノーラン達成、1回(1967.10/10対広島戦)
○1安打試合、5回(1970.1971.1972.1973.1976)
○防御率ベストテン入り、6回(1966.1967.1970.1972.1974.1978)
○1シーズン20勝以上、1回(1972/26勝)
○1シーズン10勝以上、13年連続13回(1966〜1978)
○1シーズン200奪三振以上、2回(1970.1972)
○1シーズン100奪三振以上、8年連続合計10回(1966.1968〜1975.1978)
○3試合連続完封勝利(1966.5/30,6/6,6/12)
○開幕投手、4年連続合計6回(1972.1973.1975〜1978)

○日本シリーズ10回出場、27試合/2.89(1966〜1973.1976.1977)
・シリーズMVP、2回(1972.1973)
・シリーズ最優秀投手賞、4回(1970〜1973)
・通算、27試合登板、、11勝、61与四球、3暴投
・5連勝(1970第1戦、46第1.4戦、47第1.2戦)
・10代で勝利投手(1967)
・3連続与四球(1968)
・1試合で2本塁打(1973、投手では堀内のみ)
○オールスター9回出場、14試合/1.44(1966.1968〜1975)
○沢村賞、2回(1966.1972)
○野球殿堂入り(2008)
